【徹底比較】モーツァルトの交響曲全集 名盤は? おすすめは?

作曲家別

モーツァルトの交響曲といえば39番~41番の後期三大交響曲や、パリ、ハフナー、リンツ、プラハといった名前付きのものが有名だが、それらがすべてではないことは言うまでもない。8歳にして交響曲を作曲し始めたモーツァルトの交響曲はゆうに40以上あり、演奏機会や録音の少ない作品も多いが、それらは決して駄作ではない。いや、駄作などというのはとんでもない。特に初期の交響曲には後期にはない軽快さや愉悦があり、これを聴かずに死ぬのはあまりに惜しいくらいだ。

演奏機会の少ない作品も含めて聴きたい場合、目を向けるべきはモーツァルトの交響曲全集。しかしどの全集がよいのか今一つよく分からない、という人も多いはず。そこでこの記事ではモーツァルトの交響曲全集について徹底的にまとめてみた

そもそもモーツァルトの交響曲はいくつあるのか問題

「全集」という時にまず問題になるのが、モーツァルトの交響曲がいくつあるのか、という問題。いやいや、41番『ジュピター』まであるんだから41曲でしょ?と思われるかもしれないがそんなに単純ではない。

まず交響曲第1番から第41番について言えば、第2番はおそらく父レオポルトの作、第3番はカール・フリードリッヒ・アーベルの作であり、第37番はミヒャエル・ハイドンの交響曲第25番にモーツァルトが序奏部を加筆したものが誤ってモーツァルト作とされたものであるから、この時点で3つ減ってしまう。なおかつ、第11番には偽作説がある。まあ第11番がモーツァルトの真作であったと仮定すれば、モーツァルトの番号付き交響曲は38曲、ということになる。

続いて、番号のついていないものに目を向けると、これまた魑魅魍魎の世界である。まず現存するもので文句なくモーツァルトの真作と言える純粋な交響曲は4つある。「純粋な」と言ったのは、このほか、歌劇の序曲やセレナードを交響曲版にしたものが8つあるからである。つづいて、交響曲全体ではなく断片的に現存するものが3つあるが、うち一つは管弦楽曲の楽章であることは分かっているが交響曲であるかは不明。さらに真偽不詳のもので全体が残っているものがが現存しているが真作か分からないものが8つ、部分的に残っているが真偽不詳のものが4つある。おまけに、存在したことは分かっているのだが紛失して現存しないものが3つある。

要するに、まとめると次の表のようになる。

真作真偽不詳
交響曲全体が残っているもの42850
全体が残っているが他作品の交響曲版88
部分的に残っているもの3(うち一つは交響曲か不明)47
531063

つまり、モーツァルトの真作交響曲は42曲(ただし、議論のある11番を除くと41曲)あり、真偽不詳のものを加えれば50曲、他作品の交響曲版を加えれば58曲になる。これはとりあえず現存するモーツァルトの交響曲について言えることであって、実際にはもっと数多くの交響曲が作曲されていたことは想像に難くない。

モーツァルトの交響曲「全集」は意外にもたくさんあって選べない問題

モーツァルトの交響曲は番号付きに限っても38曲もあるのだからこれを一人の指揮者がすべて演奏し、しかも商業用に録音するとなると相当ハードルが高いに違いないのだが、調べてみると意外にも13種類見つかった。(複数の指揮者により完成された全集を除いてもこの数になる。)早速概要を一つずつチェックしよう。取り上げる順番はおおむね録音年代順とします。

①エーリヒ・ラインスドルフ&ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

録音は1955-56年でモーツァルトの交響曲全集として最も古いもの。番号付きの交響曲第1番から第41番まで、偽作も含めてすべてそろっており、なおかつ史上初の全集であって歴史的価値がある。ウエストミスター・レーベルにセッション録音したもので、発売当時は契約の関係でオーケストラの名前がフィルハーモニック・シンフォニー・オブ・ロンドンという表記となっていたが、実体はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。1955年録音の後半20曲はモノラル、1956年録音の前半21曲はステレオ。

録音も古いのでファーストチョイスには向かないだろうが、史上初の全集であり、番号付きがすべて揃うという希少性を鑑みると、マニアとしてはぜひ手に入れたい全集である。が、新品は品切れ。とはいえ、ロイヤルフィルがYouTubeで公開しているので、こちらで十分かもしれない。

②カール・ベーム&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1959年から1968年にかけて、カール・ベームがベルリン・フィルを振ってセッション録音されたザ・定盤。初期作品を含む全47曲という収録作品数も画期的。
ドイツ・オーストリア系の伝統的スタイルにより、モーツァルト幼少期の素朴な音楽でさえ重厚で懐の深い音楽に仕上がっている。現在は品切れのようだが少し前まではブルーレイ・オーディオでも出ており、ハイレゾ音源で聴けるモーツァルト全集としても貴重。当方はハイレゾでも聴いているが、このモーツァルトを流すと耳が喜ぶので、ついつい手が伸びてしまう。

③クリストファー・ホグウッド&エンシェント室内管弦楽団

モーツァルトの時代に使われていたオリジナル楽器による初のモーツァルト交響曲全集として話題になった有名な録音。偽作も含め、全72曲収録という壮大な規模で、リファレンスとして必携の全集。それまでのモーツァルト像を覆す革新的な演奏は今日でも古びていない。
録音会場は、聖ジュード教会からキングズウェイ・ホールまで、複数の場所が作品の規模などに応じて使い分けられており、そこでの演奏を、ジョン・ダンカーリーやサイモン・イードンなど有名なデッカのエンジニアたちが高い水準で収録している。

④ネヴィル・マリナー&アカデミー室内管弦楽団

1970-89年に録音されたモーツァルト演奏で名高いネヴィル・マリナーによるもの。ホグウッドの衝撃以後の初のモダン楽器小編成オーケストラによる全集として意義がある。現在新品は手に入らないが2024年4月15日でマリナーの生誕100周年を迎えるそうなので、ぜひ再販してほしい。

⑤ジェイムズ・レヴァイン&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

レヴァインがRCAからDGに移って1984年に着手したウィーン・フィル初のモーツァルト交響曲全集。
レヴァインはここでオーケストラの編成を絞り、第2ヴァイオリンを右側に置いた両翼配置を採用、楽譜に記された反復をすべて実施するなど、ウィーン・フィルの魅力にモーツァルト研究の成果を反映させた演奏を展開している。
この全集は当方も所持しているが何よりウィーンフィル特有の弦の響きが美しく、最も”天国的”な響きのする全集だと思う。

⑥チャールズ・マッケラス&プラハ室内管弦楽団

1986~90年デジタル録音。さまざまなジャンルで、綿密な考証をベースにした高水準な演奏を聴かせて好評なのが、知性派の巨匠、サー・チャールズ・マッケラス。
このモーツァルト全集でも、手稿譜も細かく検討したそうで、小編成のモダン楽器オーケストラを用いている。
楽器配置はオーセンティックなヴァイオリン左右両翼型で、さらに打楽器や管楽器には古楽器も用いられるなど、全体のイメージとしては、古典派のピリオド・スタイルを髣髴とさせながらも現代的な機能美と表現力も生かしたものとなっているのが特徴。これがモダン弦楽器の響きの良さと軽快さを両立させており、個人的には快適なモーツァルト演奏の代表格ではないかと思う。

⑦グラーフ&ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団

モーツァルトの聖地、ザルツブルクで収録されたモダン楽器小編成オーケストラによる交響曲全集。すべてデジタル録音で、モーツァルト演奏に不可欠な美しさや柔らかさも十分に備えたサウンドが何よりのポイント。モーツァルトを知り尽くしたオケの面々と、やはりモーツァルトに精通したハンス・グラーフの統率はクオリティが非常に高いと評判。現在は品切れだがこれはぜひ手に入れたい。

⑧ジェフリー・テイト&イギリス室内管弦楽団

ジェフリー・テイトが指揮するイギリス室内管弦楽団による全集。このタッグといえば内田光子とのピアノ協奏曲全集でも著名で、ほぼ同時期の録音として楽しめる。モダン楽器小編成オーケストラによる情報量豊富な美しい演奏として好評な全集。

⑨トレヴァー・ピノック&イングリッシュ・コンサート

ピノックが1992-95年に録音したホグウッドに続く古楽器オーケストラによる全集。これはホグウッドに負けず劣らず素晴らしい。雑味のない、すっきりとした演奏で好感が持てる。

⑩アレッサンドロ・アリゴーニ&オルケストラ・フィラルモニカ・イタリアーナ

イタリア初の全集。HMVの商品説明には、「小編成の利点を生かした小気味良い音楽造りを基本にしてなかなかの聴き応え」とあるが、評判は芳しくない。新品でも1000円台で手に入った全集として最安レベルだが内容は値段なりのようなのでご注意。

⑪ヤープ・テル・リンデン&アムステルダム・モーツァルト・アカデミー

これまで古楽器による全集はホグウッド、ピノックとどちらもイギリス発だったが、ここにきてオランダ発がやってきた。しかし、聴いてみるとアンサンブルが整わず空中分解するような場面もあり、少し完成度が劣る気がする。

⑫アダム・フィッシャー&デンマーク国立室内管弦楽団

ハイドン全集が有名なアダム・フィッシャーがモーツァルトでも全集を残した。ハイドンとモーツァルトの交響曲全集をどちらも作ったのはフィッシャーが史上初である。商品説明によると、「モダン楽器小編成オケのクリアで軽快なサウンドと、ケトル・ドラムの痛快な音が、アダム・フィッシャーの劇場感覚あふれる表情豊かな統率と結びついて小気味よいモーツァルト像をつくりあげています」とのことなのだが、演奏にはクセがあり好みは分かれるだろう。

⑬飯森範親&山形交響楽団

ついに出た、日本初のモーツァルト交響曲全集!飯森は山形響と2007年より8年(年3回全24回)をかけて「アマデウスへの旅」と題したモーツァルトの交響曲全曲の連続演奏会を開いており、そのライヴ録音を主体とした全集になっている。ライヴ主体の交響曲全集としてはこれが初めてだろう。この連続演奏会では、ピリオド奏法を基本にホルンやトランペット、ティンパニなど時代楽器のレプリカを使用しているといい、飯森のこだわりが伺える。

これが答えだ!モーツァルトの交響曲全集まとめ

13種類の全集があるのは分かったけど多すぎて選べない!でも、判断基準があれば自ずと絞られます。

まず、モーツァルトの交響曲全集としてはモダン楽器によるアプローチとピリオド楽器によるものの大きく2種類に分けられますが、ここが一つ大きな分かれ目です。また、モダンオケの場合は分厚いオーケストラか、小規模軽快なオーケストラかによっても分かれてきます。近年はモダンオケを使いつつも古楽器でされているピリオド奏法を取り入れるのが主流になっている印象です。

この中で、最初に手に取る全集としてあまりおすすめでないものは、
①ラインスドルフ:モノラル録音が混ざっており、番号付き以外の曲目が含まれていない。
⑩アリゴーニ:低評価で有名。とにかく安いだけ。
⑪リンデン:ホグウッドやピノックに比べると劣る。全集だが曲数は少なめ。
⑫フィッシャー:クセのある演奏でいやになる恐れ。

正直、これら以外であればどれを選んでも問題ないと思います。入手しやすさ、値段もまちまちなので、まだ一つも聴いたことがない、という方は手に取りやすいものからでOK。ぜいたくを言えば、図で示した3類型はそれぞれ違った味わいがあるので、それぞれから最低1つ以上、というのがいいですね。

【おまけ】13種類ある全集の収録曲数ランキング

実は全集に収録されている曲はそれぞれでまちまちでどれとして同じものがない。こうなってしまうのは、”モーツァルトの交響曲”の中には、

  1. 他人が作曲したもの(=偽作)
  2. 偽作かもしれないもの(=疑作)
  3. 「交響曲」と言い難いもの

があるから。それらも含めるかどうか判断は人それぞれ、ということが違いを生んでいます。さらに、第31番『パリ』、第35番『ハフナー』、第40番の3曲には第1稿と第2稿があり、全集によってはどちらも入れていたりします(代表格がホグウッド盤ですべて網羅している)。というわけで、偽作と疑作も含め、複数稿あるものはそれぞれ別として、収録曲数ランキングをつけると次の通り。

トップはホグウッドでぶっちぎりの1位。これはリファレンスとして価値があるのでマニアは必携です。続く飯森は別売の14枚目のディスクも含めてこの数字。これは素晴らしい全集でこれからのスタンダードになる予感。意外にも4番目に古いマリナーの全集が3位に。ヴォルフガングの父、レオポルト作曲の「ノイエ・ランバッハ」は個人的に好きな曲なのだが、これが収録されているのはベーム、ホグウッド、マリナーのみなんだなあ。こうやってみるとど真ん中にいるザ・定番のベームもやはり悪くないという気がする。最下位のレヴァインはウィーンフィルが美しいのだが、番号無しの交響曲が2つしか収録されていないのでこの結果になっている。だからといって不足かというと十分お腹いっぱいになれます。

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