【徹底比較】モーツァルト ピアノ協奏曲全集 名盤とおすすめ

作曲家別

モーツァルトのピアノ協奏曲といえばベートーヴェンさながらの24番や、天真爛漫という語がこれほどぴったり当てはまる曲もないのではないかと思われる17番、あの”モーツァルト的哀しみ”を湛えた短調の傑作20番などなど、綺羅星のごとく名曲が存在する。モーツァルトの協奏曲に触れる時、そこには他の作曲家からは望むべくもない愉悦、幸福、感動がある。であればこそ、モーツァルトのピアノコンチェルトをすべて聴いてみたい、と思うのは私だけではないだろう。

演奏機会の少ない作品も含めて全て聴きたい場合、目を向けるべきはモーツァルトのピアノ協奏曲全集。しかしどの全集がよいのか今一つよく分からない、という人も多いはず。そこでこの記事ではモーツァルトのピアノ協奏曲全集について徹底的にまとめてみた

そもそもモーツァルトのピアノ協奏曲はいくつあるのか問題

「全集」のチョイスにあたってまず問題になるのが、モーツァルトのピアノ協奏曲がいくつあるのか、という問題。いやいや、27番まであるんだから27曲でしょ?と思われるかもしれないがそんなに単純ではない。

第1番から第4番までは他の作曲家の作品を編曲したものであるため、モーツァルトが最初に作曲したオリジナルの協奏曲は第5番になる。(ちなみに、この時モーツァルトは17歳という若さだったが、8歳で作曲を開始した交響曲と比べるとずいぶん遅い。)というわけで、第1番から第4番は収録されていない全集も多い。また、3台のピアノのための協奏曲(第7番)と2台のピアノのための協奏曲(第10番)が収録されていない全集もある。すなわち、5番、6番、8番、9番、11~27番の計21曲が収録されていることが「全集」として最低ラインになる。

一方、27つの番号付きのコンチェルトの他に、ロンド ニ長調 K.382ロンド イ長調 K.386があり、これらを含めた全集もある。K.382は誰もが聴いたことのある有名曲。K.386についていえばモーツァルトの直筆譜がページごとにバラバラになってしまっていたのだが、1980年になってようやくすべての楽譜が発見されたという経緯もあり、古い全集では収録されていなかったり、ページが欠けていた時代に作成された復元版が収録されていたりする。

さらにオマケとして、クリスティアン・バッハのクラヴィーアソナタを編曲した3つのピアノ協奏曲ニ長調、ト長調、変ホ長調 K.107があり、これを1作品としてカウントすればモーツァルトのピアノ協奏曲は全部で30曲、うち、他の作曲家の編曲版を除けば25曲ということになる。

モーツァルトのピアノ協奏曲全集は意外なほどたくさんあって選べない問題

モーツァルトのピアノ協奏曲は番号付きオリジナル作品に限っても23曲もあるのだからこれを一人のピアニストがすべて演奏し、しかも商業用に録音するとなると相当ハードルが高いに違いない。しかし、私の知る限りこの世界には20種類もの全集が存在している。早速概要を一つずつチェックしよう。取り上げる順番はおおむね録音年代順とします。

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らでぃかるばっは

20種類って多すぎ。。。とはいえ、ひょっとすると他にもあるかもしれません。ここで取り上げていない全集をご存じでしたら一番下のコメント欄より教えてください!

①ゲザ・アンダ

1961-69年に録音された世界初のピアノ協奏曲全集。最古の全集とはいえ録音はすべてステレオ録音で決して古くなく、その演奏の深さにおいて今なお輝きを放っている。ピアニストのゲザ・アンダは弾き振りでザルツブルク・モーツァルテウム・アカデミカとともに演奏しきっており、統一性のある間違いのない全集。

②イングリット・ヘブラー

1964-73年の録音。とはいえ、1973年にフォルテピアノを用いてカペラ・アカデミカ・ウィーンと演奏したもの以外は、1968年までにロンドン交響楽団とのタッグ(指揮者はメルクス、ロヴィツキ、ガリエラ、デイヴィスとまちまちだが)で録音されている。ヘブラーが演奏するモーツァルトのピアノソナタ全集は新旧盤ともに大変評価が高いものの、協奏曲はそれほどでもない気がする。

③ダニエル・バレンボイム&イギリス室内管弦楽団

ダニエル・バレンボイムが1968-74年にイギリス室内管弦楽団を弾き振りした全集。バレンボイムは1942年生まれなので、なんと20代から録音に取り組み、30代前半で完成させている!バレンボイムはのちにベルリン・フィルを弾き振りして二度目の全集を作ることになるが、こちらは若き日のバレンボイムの天才性が光る、魅力的なアルバム。指揮とピアノを同時にこなす彼ならではの独自の演奏スタイルが印象的。

④アンネローゼ・シュミット

1970-77年に録音されたアンネローゼ・シュミットの演奏。彼女の代表作と言っていい録音。クルト・マズアがドレスデン・フィルを指揮してサポートしている。シュミットの打鍵は強めでありながらも、音は硬くならず、生き生きとしていて自信に満ちており、旧東ドイツの音楽レベルの高さが伺える。

⑤カール・エンゲル

1974-1978年に演奏されたカール・エンゲルとレオポルト・ハーガー(指揮)、モーツァルテウムによる全集。生真面目ながら味わい深い演奏が際立つ名盤で、端正で骨太なスタイルから聞こえてくるニュアンスの豊かさと、安定感のあるテクニックが魅力的。

⑥アルフレート・ブレンデル

1970-84年に録音されたブレンデル円熟期の傑作。ブレンデルの深い読譜力と知性が光り、演奏はあっさり目の中にも豊かなニュアンスが広がる。マリナーの指揮するオーケストラとの調和の取れた滋味深い名盤としてイチオシ。

⑦マレイ・ペライア

ペライアが1975-1984年にイギリス室内管弦楽団を弾き振りした統一感のある全集。ペライアのモーツァルトへの真摯なアプローチと、彼の演奏から感じられる愛情に触れ、モーツァルト愛を共有することができる名盤。同じくイギリス室内管弦楽団を弾き振りしたバレンボイムと聞き比べるのも一興。

⑧ウラディミール・アシュケナージ

1977-87年にアシュケナージがフィルハーモニア管弦楽団を弾き振りした全集。無理のない自然な演奏で好感が持てる。フィルハーモニア管の滑らかな響きと、アシュケナージの指揮・演奏が見事に調和し、モーツァルトの世界にどっぷり浸れるおススメの逸品。

⑨マルコム・ビルソン

1983-88年の録音で、フォルテピアノによる初の全集。指揮は古楽器演奏のパイオニアの一人、ガーディナーが務めており、まことに心強い。モダンピアノに慣れた耳には古楽器オーケストラのイングリッシュ・バロック・ソロイスツとフォルテピアノの掛け合いがとても新鮮で、新しい発見をもたらしてくれること間違いなし。ビルソンのフォルテピアノが魅せる芸術的な演奏と、ガーディナー指揮のオーケストラとの見事な調和が、この全集を一つの最高峰たらしめており、ファン必携の名盤。

⑩内田光子

内田光子の代表作の一つと言っていい1985-90年にかけての録音。日本人としてはモーツァルトのピアコンで迷ったらコレ!と言ってしまっていいほど充実した内容になっている。オーケストラはジェフリー・テイトの指揮するイギリス室内管弦楽団で、このタッグはモーツァルトの交響曲全集も録音しているモーツァルト通。内田光子のピアノがモーツァルトの作品に新たな解釈をもたらし、オーケストラとの協力が素晴らしいハーモニーを奏でている。深遠で美しいモーツァルトの世界に没頭できる必聴の逸品。

⑪ジョス・ヴァン・インマゼール

インマゼールがフォルテピアノを弾いた1990-91年の録音。古楽器オーケストラのアニマ・エテルナはインマゼールが設立したもので、弾き振りかつフォルテピアノという点では世界初の全集。フォルテピアノの音色は、叙情的でありながらも力強く、繊細なピアニッシモからしっかりとしたフォルテまで、その表現力は絶品。ただし、独自のカデンツァには賛否両論があり、好みは分かれるだろう。

⑫アンドラーシュ・シフ

アンドラーシュ・シフが1987-93年に録音した全集。シャーンドル・ヴェーグ指揮のモーツァルテウム・カメラータの伴奏は、豊かな弦楽器と木管楽器が織りなす深みのある音色が印象的で、そこにシフの透明感あるピアノの響きが加わり、まさにモーツァルトの純真無垢な美しさが存分に味わえる名盤。

⑬クリスティアン・ツァハリアス(1回目)

ツァハリアスが1981-95年に取り組んだ録音。指揮者はジンマン、マリナー、マクシミウク、あるいは弾き振りとまちまち。モーツァルト自身、実際の演奏会では相当自由に弾いていたということを踏まえ、ツァハリアス流の仕掛けが施されており、スタンダードとは言えないがモーツァルトの作品に新たな光を当てた意欲作。

⑭ルドルフ・ブッフビンダー

1997年にブッフビンダーがウィーン交響楽団を弾き振りした全集。ライブ録音による全集としてはおそらくこれが世界初。自然で流れるような音楽表現と音色の美しさで、モーツァルトのピアノ協奏曲全集において名盤と言える素晴らしい演奏を聴かせている。

⑮ダニエル・バレンボイム&ベルリンフィル

1986-1998年にバレンボイムがベルリンフィルを弾き振りして完成させた全集。この全集により、バレンボイムはモーツァルトのピアノ協奏曲全集を2回完成させるという世界初の偉業を成し遂げた。ライブ録音の雑音は除去されており、その点に賛否両論はあるが、いずれにせよ演奏は若かりし頃とは異なる深みを感じさせ、渋みが加わった大変素晴らしいものとなっている。

⑯デレク・ハン

デレク・ハンが、ポール・フリーマンが指揮するフィルハーモニア管弦楽団とともに1992-2001年に取り組んだ全集。ハンのピアノは自然体で変に作ったようなところがないのがモーツァルトの軽快さとマッチしており、レベルの高い全集に仕上がっている。編曲版も含めた全30曲を網羅した全集としては世界初

⑰マティアス・キルシュネライト

キルシュネライトが1999-2005に録音した全集。フランク・ベールマンが指揮するバンベルク響と粒の揃ったピアノが紡ぎ出すモーツァルトは聴く者に喜びを与えてくれる。楽器同士の分離が明確な録音で全体的な透明感がこの全集に独自のポジションを与えている。

⑱ヴィヴィアナ・ソフロニツキー

2005年から6年にかけて録音された21世紀初のフォルテピアノによる全集。古楽器演奏はモダン楽器による演奏に技術面で劣るという偏見を打ち砕く見事な演奏でモーツァルトの尽きることのない魅力を存分に聴かせてくれる名盤。ソフロニツキーの演奏はモダンピアノに慣れた耳にとってもフォルテピアノの良さを思い知らせてくれる。

⑲クリスティアン・ツァハリアス(2回目)

ツァハリアスの2つ目のピアノ協奏曲全集。今度はローザンヌ室内管弦楽団を弾き振りで演奏し、オーケストラとの対話が見事な統一感のある全集に仕上がっている。カデンツァの冒険的なアプローチで聴きこんだ名曲にも意外性のある楽しみをもたらしてくれるのはさすがツァハリアス。

⑳ロナルド・ブラウティハム

今のところもっとも最近に完成された全集。フォルテピアノ奏者のブラウティハムがマイケル・アレクサンダー・ウィレンスが指揮するケルン・アカデミーと共演している。ブラウティハムこだわりのフォルテピアノを弾きこなした古楽器演奏ならでは軽快さが楽しめる好演。

これが答えだ!モーツァルトのピアノ協奏曲全集まとめ

20種類の全集があるのは分かったけど多すぎて選べない!でも、判断基準があれば自ずと絞られます。

まず、モダンピアノ+モダンオケによるアプローチとフォルテピアノ+古楽器オケによるものの大きく2種類に分けられますが、ここが一つ大きな分かれ目です。また、ピアニストが指揮者を伴わず自ら指揮するのか、別に指揮者を立てるのか、という違いもあります。まとめるとざっくりこんな感じ。

モダンピアノの方が選択肢が多くなっており、全集が初めてという方は入手しやすいモダンピアノの全集から聴いてみるのがオススメ。あえて一つだけ選ぶなら⑦のペライアはお手頃かつ定評がある。一方、モダンピアノはもう持っているがフォルテピアノはまだ、という方にはぜひフォルテピアノの全集から一つ手に取ってみることを勧めたい。フォルテピアノの全集の中で比較的入手しやすいのは⑨のビルソン盤

弾き振りがいいのか別に指揮者を立てるのがいいのかは一概にはどちらとも言えない。弾き振りの方がオーケストラがピアノに合わせてくるような形になるので一体感はある傾向だが、一方で指揮者を別に立てた方がピアノとオケの掛け合いが刺激的になる気もする。ただ、曲によって指揮者やオーケストラが変わる②ヘブラーや⑬ツァハリアス(1回目)は統一感という点で劣るので少なくともファーストチョイス向きではないと思う。日本人なら⑩内田はぜひ聴いてみたいところ。

【おまけ】20種類ある全集の収録曲数ランキング

収録されている曲の多さの順に並べると次の通り!収録曲もあわせて示している。

他の作曲家の編曲版(K.107、第1-4番)も網羅された全30曲を収録した全集は3つ。うち2つはフォルテピアノなので、モダンピアノで完全網羅しているのはデレク・ハンのみモーツァルトのオリジナル作品をすべて網羅しているのは実は半分にも満たない(②⑤⑦⑧⑨⑯⑱⑳の8つのみである)ことが分かる。せっかく全集を買うなら複数台のピアノによる第7番、10番もぜひ入れておきたいところ。全集選びの参考になれば幸いだ。

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